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zoom RSS 【山城の王国 箱根_山中城】 関東ローム層を利用した箱根の山城を見ました !

<<   作成日時 : 2011/04/21 06:29   >>

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箱根西坂にある悲劇の城 山中城の桜を見に行きました。
1590年(天正18年)、小田原の役で豊臣秀次率いる7万の軍勢が山中城を攻撃、城将松田康長ら4千は奮戦し、豊臣方も部将の一柳直末など多くの戦死者を出すものの、猛烈な力攻めの結果わずか半日で落城し、松田以下城兵はほとんど討死したところです。
 紀元前480年テルモピュライでスパルタの重装歩兵300名を含むギリシア連合軍7、000名が、ペルシア軍2100、000名と戦っている。スパルタ軍は全滅するまで戦い、ペルシア軍を3日間に渡って食い止めた。この陸上での戦いがサラミスの海戦に生きたそうだ。この話と重なってしまう。
箱根山から見下ろすと静岡側がよく見える。大軍を見た気持ちはどうだったのだろうか?
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印象的な風景である。土塁の直下には横堀が設けられているが、これは堀内部にいくつも畝状の隆起を残した畝堀で、上から見るとまるでハーモニカのようです。
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豊臣軍の最初の攻撃目標となった岱崎出丸は激戦の後に陥落、守将・間宮康俊は一族と共に最後の突撃を行って戦死した。康俊は最初から死を覚悟しており、従軍していた孫を開戦に先立ち無理に説き伏せて小田原へ帰したという悲話が伝わっている。樺太探検で有名な間宮林蔵はこの間宮氏の子孫だそうだ。
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粘性質の高い関東ローム層の土壌は、大砲の弾を吸収し、人に対しては滑りやすくする。乾いても湿っても歩き難いのだ。
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戦いの前夜まで土塁を作っていたそうだ。休まず大軍との戦いとなったのだ。
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一度は訪れたい場所です。秀吉の石垣山一夜城が有名ですが、激戦地のあった古戦場を見ると箱根を訪れる楽しみが増えると思います。
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